世界遺産を“独占”した片山慈英士はクオーター?プロフィール経歴まとめ!マチュピチュを独占出来た理由は?

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ロックダウン後初のマチュピチュ観光客が邦人男性だった、というニュースがありました。

男性は片山慈英士さん。

大変貴重な経験となったそうですが、どうして片山さんは入ることの出来ないマチュピチュを訪問することができたのでしょうか、プロフィールなどと合わせて調査をしてみました!

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世界遺産を“独占”した片山慈英士はクオーター?プロフィール経歴

名前:片山慈英士(かたやまじぇしー)
生年月日:1994年?
年齢:2020年10月現在26歳
出身地:大阪府生まれ、奈良育ち
出身高校:奈良県立二階堂高等学校
出身大学:大阪商業大学
  • 高校生になってからボクシングを開始
  • すぐに頭角を現しインターハイや国体に出場
  • 特待生で大阪商業大学へと進学
  • ボクシング部の階級代表として大学を関西1部リーグ優勝
  • 全日本選手権や全日本大学ボクシング王座決定戦出場
  • 大学卒業後はオーストラリアにて2年過ごす
  • 現在はボクシング指導者
  • 夢はボクシングジムを作ること

ボクシングは高校から始めたということで大変才能に溢れた方のようです!

また、おじい様がトリニダード・トバゴ出身のクオーターだそう。身体能力の高さはおじい様からの遺伝でしょうか!

行動力もあり、今後の指導者としての片山さんに期待ですね^^

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片山慈英士がマチュピチュを独占出来た理由は?

新型コロナウイルスによって人生が大きく変わった…そんな方は多くいらっしゃるかと思いますが、片山さんもその一人です。

片山さんは世界一周旅行の最後の地として3月15日にボリビアのラ・パスからペルーのクスコへとやってきました。

すぐにマチュピチュ村へ移動、翌日にはマチュピチュ遺跡を見学する予定だったそうなのですが、新型コロナ感染拡大防止のためペルーは3月16日にロックダウンされ国境は封鎖、当然マチュピチュを訪れることも出来なくなりました。

多くの観光客は帰国の途に着くべく動いていたようなのですが、チャーター便は料金も高く、空港までの移動も困難だったため、片山さんはマチュピチュ村へ残る事を決意。

その後200日以上に渡り、村で過ごすことになります。

普通だったら、もうその時点気力を失ってしまいそうなのですが、片山さんは違いました。

日々の体力作りと、ペルーでの資格取得のために勉強を始め、これまでの世界一週旅行中に子供たちにボクシングを教えていたのと同じく、村の子供たちにも勉強のかたわらボクシングの指導を開始。

こういった村の方々とのコミュニケーションが身を結んだのか、周囲の人々が片山さんにマチュピチュを見せてあげたいと支援を開始してくれたのです!

10月中には日本へ帰国しなければならないという中で、片山さんはマチュピチュ観光を半ば諦めていたといいます。

しかし10月4日にラ・レプブリカ紙に片山さんの記事が掲載されると、7日に宿のオーナーの知人がfacebookに動画を投稿。さらにその2日後にはマチュピチュ村役場に呼ばれ「今リマに見学許可申請を出している」と報告を受けたそう。

そしてとうとう10月10日午前中、遺跡公園の管理責任者ホセ・バスタンテ氏らとともにマチュピチュ遺跡を訪問という夢を叶えます。

これはすごい!まさに片山さん自身が引き寄せた幸運ですね!

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