何だコレミステリー│1986年日航ジャンボ機UFO遭遇事件の概要とは?パイロット寺内謙寿さんの現在は?

テレビ関連
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今日11月18日の世界の何だコレ!?ミステリー【秋のUFOスペシャル!遭遇事件&ナゾ映像】と題して2時間SPが放送されます。

放送内容は

▽昭和に起きたUFO遭遇事件!「日本のジャンボ機が見た謎の飛行物体…アメリカ公文書に残る緊迫の50分」! 1986年、日本の有名航空会社の貨物機がアメリカのアラスカ上空で、光を放つ謎の飛行物体と遭遇。当時、新聞などでもUFO遭遇事件と報じられ関心を呼んだ。時は経ち、2018年、昭和に起きたこのUFO遭遇事件の詳細が、なんとアメリカの公文書として残されており、インターネット上で公開。そこには、謎の飛行物体と遭遇した「機長が書いたとされるメモ」や「管制官との通信記録」「米連邦航空局の聴取記録などが含まれていた。あの日、日本のジャンボ機が遭遇したものとは一体…あの日、上空では一体何が起こっていたのか…機長の手記などをもとに、緊迫の50分間に迫っていく!さらに“パイロットの多くは上空で謎の飛行物体と遭遇している”と、まことしやかにささやかれるが…その真相はいかに!今回、番組は元航空自衛隊のパイロットを直撃!そこで語られた…摩訶不思議な体験とは!?
▽全国津々浦々!1泊2日のUFO旅へ!「UFOのかけら!?」「目撃多発ナゾの山!?」「深夜にUFOが出た!?」 田中卓志隊長(アンガールズ)、中岡創一隊員(ロッチ)、ミステリー大好き俳優・原田龍二が日本各地に存在する“UFO?スポット”を巡る「1泊2日のUFO旅」へ!今回は、各スポットごとにその模様を一挙公開!お楽しみに!

この中で気になるのはやはりメインの日航ジャンボ機UFO遭遇事件

このUFO遭遇事件の概要などをまとめてみました!

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1986年日航ジャンボ機UFO遭遇事件の概要とは?

本当に簡単に言ってしまうと、未確認飛行物体との遭遇事件なのですが、この事件は1986年11月17日に発生しています。

日本航空(JAL)の貨物便である1628便がアメリカ合衆国のアラスカ州上空で未確認飛行物体(UFO)に遭遇します。

  • 使用機材:ボーイング747-246F
  • コールサイン:Japan Air 1628
  • フライトプラン:パリ発ケプラヴィーク、アンカレジ経由東京行

当時この貨物機はフランス産のボジョレーヌーボーの大量輸送をしており、パリを出発し、東京へと向かって、アラスカ上空を高度10600mを時速900~910kmほどで飛行していました。

  • 現地時間午後5時5分ごろ、アンカレッジの管制塔とコンタクトを取った直後に航空機は奇妙な光と遭遇
  • その日は雲もあまりなく、気流も安定
  • コックピットクルー3人は、左前下方を行く2つの灯火を見守っていたが、やがてその動きがじゃれあうかのように動き出した
  • 機長の寺内氏も「UFOかもしれない」と思い始め、持っていたカメラで写真を撮ろうとしが、カメラはレンズの伸縮を繰り返し、ボタンを押してもシャッターが切れないなどの異常を示し、結局撮影を諦めた
  • その後しばらくして航空機の前方に突如として2機のUFOが現れた
  • 寺内氏は、目の前でまばゆく光る物体に大量の排気孔があるのに気付いた
  • しかしエンジン部分は見ることは出来ず、バランスを保つためか、排気孔からの噴射は強くなったり弱くなったりしていた
  • UFOは3~5分ほどすると、左方40度前方の上方へと移動していった
  • UFOが飛び去った方向に、再び淡い白い光が連なって現れた
  • 管制塔にも問い合わせたが、レーダーには何も映っていないという
  • 寺内氏は映らないだろうと思いつつ、機上用レーダーをその方向に向けた
  • すると、スクリーンに巨大な真ん丸な物体が現れた
  • 再度管制塔に問い合わせたが、やはりレーダーには何も映っていないという
  • UFOはそのまま航空機の後方上空を付きまとうように飛行していた
  • 暗くて目視では観測できなかったが、街と基地の明かりが近づいてきた頃、寺内さんはついに巨大なUFOを目撃
  • UFOはぴったりと追尾
  • 管制塔も異常を察知し、状況の確認を要求してきたがその間にもUFOは航空機にどんどん近づいてくる
  • そして真横まで来た瞬間、それまで定位置にいたUFOは一瞬の間に消え去った
  • 約50分間の出来事であった

この事件を機長が共同通信社に勤める友人に話したことから公となり世界中で報道されることとなります。

パイロットらの証言

当時のコックピットクルーは3名で(年齢は当時)

  • 機長:寺内謙寿(47歳)
  • 副操縦士:為藤隆憲(39歳)
  • 航空機関士:佃善雄(33歳)

機長の証言は上記のようなものですが、巨大な母船型UFOに遭遇した際のことを他の操縦士は「光は見たが、機長の言うような形には見えなかった」と証言しています。

さらに副操縦士は、「光は見たが飛行物体の形は確認できなかった」、航空機関士は「何も見ていない」と証言。

機長が「機内が照らされて熱も感じた」と述べているが、副操縦士も機関士も、「そんなことはなかった」と否定しています。

報道のその後

大きく報じられたUFO事件でしたが、「UFOではなく惑星を見間違えたもの」とするマスコミによる解釈が報道され、機長の錯覚、見間違えなどとされました。

しかし、この事件の1ヶ月前には日本航空の機長が見たとされる同じUFOがブラジルのサンパウロ上空に現れ、大勢の人に目撃されているということもあり偶然ではないような気もしますね。

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2018年に「機長が書いたとされるメモ」や「管制官との通信記録」「米連邦航空局の聴取記録」が公開された

この事件は、20世紀末までは「機長の錯覚」として人々の記憶から忘れら去られていた。しかし、2001年に、かつてのNASA関係者や退役軍人、政府関係者、航空メーカーの技術者などが『ディスクロジャープロジェクト』というUFOや宇宙人に関する情報公開を目的とした記者発表会をワシントンD.C.で開催し、本件についてはFAA職員であり事件当時を含む1981年~1988年にかけて事故調査部長だったジョン・キャラハンより、日航機長の報告を裏付ける証言がなされた。

このように2001年にはこれらの報告書が存在することは分かっていたのですが、すでに廃棄されたとして全貌は不明なままでした。

それがなんと2018年に米国立公文書記録管理局にコピーが存在することが明らかとなったのです。

機長の直筆のメモなどはこちら(https://documents.theblackvault.com/documents/ufos/jal1628/733667-001-006.pdf)のPDFで見ることができます。

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パイロット寺内謙寿さんの現在は?

UFO事件は機長の寺内さんの目の錯覚と決めつけられて闇に葬られることとなりました。

更にはその後地上勤務に異動ともなり、時の経過と共に人々の記憶からも忘れられていました。

しかし、機長については酩酊などの可能性がないことが報告されていますし、寺内さんを知る多くの友人知人達が、「ホラで吹聴するような人ではない、ごくごく普通に、きちんと仕事をされる真面目な方」と評価をしています。

ですから寺内さんのUFO事件の証言は嘘偽りないのではないかと個人的には思っています。

日本航空を定年退社の2006年には週刊新潮のインタビューを受け、2009年に第四回天空人報告会に参加しているご様子を見るととても元気そうです。

2020年現在寺内さんはご健在であれば80歳を超えています。

番組内で言及されることがあれば現在の様子なども追記したいと思います!

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